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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)427号 判決

甲事件原告・乙事件被告・丙事件被告

丸越運送株式会社

乙事件原告

東京海上火災株式会社

甲事件被告

石澤和義

ほか一名

丙事件被告

高砂企画株式会社

丙事件原告・甲事件被告・乙事件被告

山章運輸株式会社

主文

一  甲事件被告石澤和義及び丙事件原告は、甲事件原告に対し、連帯して金五〇万六六四二円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件被告石澤幸子及び丙事件原告は、甲事件原告に対し、連帯して金五〇万六六四二円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告及び丙事件原告は、乙事件原告に対し、連帯して金一八六万八八八〇円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  甲事件原告は、乙事件原告に対し、金三万七二二二円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  丙事件原告は、乙事件原告に対し、金四万三四二五円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  甲事件原告は、丙事件原告に対し、金四二万円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  丙事件被告高砂企画は、丙事件原告に対し、金七一万五五七二円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

八  甲事件原告、乙事件原告、丙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

九  訴訟費用は各自の負担とする。

一〇  この判決は、第一ないし第七項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  甲事件被告石澤和義及び丙事件原告は、甲事件原告に対し、連帯して金七九万一〇七〇円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  甲事件被告石澤幸子及び丙事件原告は、甲事件原告に対し、連帯して金七九万一〇七〇円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

甲事件原告及び丙事件原告は、乙事件原告に対し、連帯して金二六八万〇六四八円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  丙事件

1  甲事件原告は、丙事件原告に対し、金一〇二万一〇七二円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  丙事件被告高砂企画は、丙事件原告に対し、金一一九万一二五一円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)に関し、次の金員の各支払が求められた事案である。

1  甲事件

甲事件原告は、本件事故により、物損を被つた。

そして、甲事件原告は亡石澤俊之(以下「亡石澤」という。)に対し民法七〇九条による損害賠償請求権を有していたところ、亡石澤の死亡により甲事件被告石澤らがこれを法定相続分の各二分の一ずつ相続したので、甲事件原告は、甲事件被告石澤らに対し、損害賠償を請求する。

また、甲事件原告は、丙事件原告に対し、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求する。

なお、付帯請求は、いずれも、本件事故発生の日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、甲事件被告石澤らそれぞれの債務と丙事件原告の債務とは、不真正連帯債務である。

2  乙事件

乙事件原告は、本件事故により物損を被つた丙事件被告高砂企画に対し、保険契約に基づき保険金を支払い、これにより、丙事件被告高砂企画の甲事件原告及び丙事件原告に対する民法七一五条に基づく損害賠償請求権を、商法六六二条により取得した。

よつて、乙事件原告は、甲事件原告及び丙事件原告に対し、右求償を求める。

なお、付帯請求は、乙事件原告が甲事件原告及び丙事件原告に対し右求償を求めた日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、甲事件原告の債務と丙事件原告の債務とは、不真正連帯債務である。

3  丙事件

丙事件原告は、本件事故により、物損を被つた。

そして、丙事件原告は、甲事件原告及び丙事件被告高砂企画に対し、それぞれ、民法七一五条に基づき、損害賠償を求める。

なお、付帯請求は、いずれも、本件事故発生の日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、丙事件原告は、自己に生じた損害を甲事件原告と丙事件被告高砂企画とに分割して請求しており、甲事件原告の債務と丙事件被告高砂企画の債務とは、不真正連帯債務ではなく、別個独立の債務である。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生(当事者間に争いがない。)

(一) 発生日時 平成三年一〇月二四日午前二時四〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市西区竜が岡五丁目 第二神明道路下り二一・三キロポスト付近路上

(三) 先行停止車両 丙事件被告高砂企画が保有し、亡石澤が運転していた普通乗用自動車(姫路三三そ四五一二。以下「高砂車両」という。)

(四) 後続停止車両 甲事件原告が保有し、訴外亡中谷清志(以下「亡中谷」という。)が運転していた普通貨物自動車(名古屋八八あ一八五九。以下「丸越車両」という。)

(五) 追突車両 丙事件原告が保有し、亡岩間伝喜(以下「亡岩間」という。)が運転していた大型貨物自動車(三河一一あ二九三一。以下「山章車両」という。)

(六) 事故態様 右発生場所は自動車専用道路であつたところ、高砂車両と丸越車両とが停止中、後続の山章車両がこれらに追突した。

2  責任原因(特に記載のないものは当事者間に争いがない。)

本件事故に関しては、各車両の運転者にそれぞれ過失がある(亡中谷については、自動車専用道路に丸越車両を停止させていたことにつき当事者間に争いがなく、これから亡中谷の過失を推認することができる。)。

また、各車両の運転者は、それぞれ当該車両の保有者の営む事業に従事中であつたから、甲事件原告、丙事件被告高砂企画、丙事件原告は、それぞれ民法七一五条による損害賠償責任がある(甲事件原告については、甲第八号証によると、丸越車両は事業用貨物自動車であること、丸越車両の車体には大きく甲事件原告の名前が記載されていることが認められ、これらの事実と甲事件において甲事件原告が積荷損害を請求していることから、亡中谷が、本件事故当時、甲事件原告の営む事業に従事中であつたことを推認することができる。)。

さらに、甲事件被告石澤らは、亡石澤の相続人であり、亡石澤の民法七〇九条による損害賠償債務を法定相続分の各二分の一ずつの割合で相続した。

なお、本件事故により、各車両の運転者及び高砂車両の同乗者である田中靖貴(以下「亡田中」という。)はいずれも死亡した。

そして、本件事故に関しては、亡中谷の相続人が丙事件被告高砂企画及び丙事件原告に対して提起した損害賠償請求事件、亡田中の相続人及び甲事件被告石澤らが甲事件原告及び丙事件原告に対して提起した損害賠償請求事件(両事件は併合されており、以下、一括して「前訴」という。)において、亡石澤(高砂車両)の過失が三割五分、亡中谷(丸越車両)の過失が三割、亡岩間(山章車両)の過失が三割五分とする判決がされ、右判決は確定した。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  消滅時効の成否

2  甲事件原告、乙事件原告、丙事件原告のそれぞれが他に請求しうる金額

四  争点1(消滅時効の成否)に関する当事者の主張

1  甲事件原告

(一) 乙事件(抗弁)

丙事件被告高砂企画は、本件事故発生の日の翌日である平成三年一〇月二五日、甲事件原告が加入している中部交通共済協同組合に対し、保険加入の有無及び損害賠償の点について確認の連絡をした。

したがつて、同被告は、右同日には、本件事故による同被告の損害及び加害者を知つていたから、本件事故による同被告の損害賠償請求権は、右期日を起算点として、三年間で時効により消滅した。

そして、乙事件原告の債権は、商法六六二条により同被告の損害賠償請求権を代位取得したものだから、同被告の損害賠償請求権が時効により消滅したことにより、同じく時効により消滅した。

(二) 丙事件(抗弁)

平成三年一〇月三〇日、甲事件原告は丙事件原告に電話連絡をして、甲事件原告の損害について請求した。

これに対し、丙事件原告は、保険加入している三井海上火災保険株式会社に連絡してほしい旨を述べた。

よつて、丙事件原告は、遅くとも右時点では、本件事故による同原告の損害及び加害者を知つていたというべきであるから、本件事故による同原告の損害賠償請求権は、右期日を起算点として、三年間で時効により消滅した。

2  丙事件被告高砂企画(丙事件における抗弁)

本件事故については、関係者がすべて死亡し、目撃者がいなかつたために、警察の捜査もなかなか進まなかつた。

そして、平成四年三月一〇日、警察は訴外株式会社生保リサーチセンターに事故態様を発表したから、丙事件原告が本件事故の加害者を知つたのは、右同日というべきである。

そして、本件事故による同原告の損害賠償請求権は、右期日を起算点として、三年間で時効により消滅した。

3  乙事件原告(乙事件における甲事件原告の抗弁に対する認否・再抗弁)

丙事件被告高砂企画は、平成三年一〇月二四日、本件事故の発生を知つたが、本件事故が誰のどのような責任で発生したのかは判らなかつた。

そして、同被告が本件事故の加害者を知つたのは、警察の捜査がほぼ終了した平成四年三月一〇日のことであり、この日が消滅時効の起算点である。

なお、乙事件原告は、平成七年一月九日送達の書面で甲事件原告に対して損害の請求をして時効を中断し、同年五月九日に裁判所が受け付けた乙事件の訴状で甲事件原告に対して裁判上の請求をしたから、甲事件原告の主張する消滅時効は完成していない。

4  丙事件原告

(一) 丙事件における甲事件原告及び丙事件被告高砂企画の抗弁に対する認否・再抗弁

丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴の判決の確定時である平成六年一〇月一八日である。

また、仮に右主張が認められないとしても、丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴において同原告が答弁書を提出し、これを陳述した第一回口頭弁論の開かれた日、すなわち、甲事件原告(亡中谷の過失)については平成四年九月二四日、丙事件被告高砂企画(亡石澤の過失)については同年一二月一日である(丙事件原告の平成八年九月六日付第二準備書面には「平成四年一二月二八日」との記載があるが、乙第七号証に照らし、単純な誤記であると解する。)。

そして、同原告は、平成七年六月二八日に裁判所が受け付けた丙事件の訴状で甲事件原告及び丙事件被告高砂企画に対して裁判上の請求をしたから、甲事件原告及び丙事件被告高砂企画の主張する消滅時効は完成していない。

(二) 保険会社間の合意(再抗弁)

仮に、丙事件原告の損害賠償請求権について消滅時効が完成していたとしても、本件事故に関し、それぞれの保険会社(甲事件原告については中部交通共済協同組合、丙事件被告高砂企画については乙事件原告、丙事件原告については三井海上火災保険株式会社)は、過失割合が前訴においてはつきりするまでは、物損の損害賠償を棚上げにしようとする旨の合意をした。

仮に、右棚上げの合意がなかつたとしても、各保険会社は、訴訟経済の見地から、過失割合がはつきりしてから物損処理をすることを合理的だと考えていた。

そして、本件事故による物損の請求についても、各保険会社はそれぞれを代理していたから、右合意は当事者を拘束する。また、右代理権が認められないとしても、各保険会社は、本件訴訟の結果にもつとも深い利害関係を有する者であり、これらの者が前訴の判決確定時を物損に関する時効の起算点と考えていたのであるから、これによるのが相当である。

(三) 信義則違反(再抗弁)

甲事件原告の請求、乙事件原告の請求、丙事件原告の請求は、いずれも同一交通事故による物損に関するものである。

そして、このような場合、ある当事者の請求についてのみ消滅時効の完成を認めるときには、当事者間で著しい不合理を生じるから、消滅時効の主張自体が、信義則に違反して許されないと解するべきである。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1(消滅時効の成否)

1  総論

(一) 民法七二四条前段に定める不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効については、これを援用する者が、次の事実について主張責任、立証責任を負担する。

(1) 時効の起算点(被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時)

(2) 右起算点から三年の経過

(3) 時効の援用

また、右(1)において、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、単に加害行為により損害が発生したことを知つただけではなく、その加害行為が不法行為を構成すること(最高裁昭和四一年(オ)第七一二号同四二年一一月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事八九号二七九頁)、すなわち、相手方の行為が違法なものであることと、これにより損害の発生したことの両者を被害者が知らなければならず、かつ、被害者が現実にこれらを知ることを要するのであつて、通常人であれば知りうべき時であるということのみでは足らないと解するのが相当である。

もつとも、被害者が現実にこれらを知つたことについては、他の要件事実の立証と同様、間接事実により推認することができる。

(二) 民事訴訟においては弁論主義が採られているから、法律効果の判断に必要な要件事実は、当事者が口頭弁論で主張したものに限られ、主張がなければ、たとえその事実が証拠によつて認められるときでも、裁判所がその事実を認定して当該法律効果の判断の基礎とすることは許されない。

ただし、要件事実が弁論に現れている限り、この事実を主張した者がこれについて主張責任を負う当事者であつたか、その相手方であつたかは問わない。

そして、本件においては、右(2)及び(3)の点は、それぞれの時効援用者がこれを主張しており、その事実の存在は当裁判所に顕著であるから、以下、右(1)の点につき、前記の当事者の主張にしたがい、その事実の存否を判断することとする。

2  乙事件(甲事件原告対乙事件原告)

(一) 前記のとおり、乙事件に関する当事者の主張は次のとおりである。

(1) 甲事件原告

丙事件被告高砂企画は、平成三年一〇月二五日、本件事故による同被告の損害及び加害者を知つていた。

(2) 乙事件原告

丙事件被告高砂企画は、平成四年三月一〇日、本件事故の加害者を知つた。

(二) 本件事故が発生したのが平成三年一〇月二四日であることは当事者間に争いがないところ、甲第一〇号証、証人星野恭規の証言によると、同月二五日までに、丙事件被告高砂企画が、甲事件原告に、加入している保険会社を問い合わせる電話をしたこと、これにより、同被告は、甲事件原告が中部交通共済協同組合に保険加入していることを知つたこと、続いて、同被告は、同協同組合にも連絡をして、同被告が加入している保険会社である乙事件原告から同協同組合に連絡する旨を伝えたことが認められ、同日までに丙事件被告高砂企画が、他の言動をとつたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで、1で判示したとおり、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者が、少なくとも、相手方の行為が違法なものであることを現実に知ることを要するところ、甲第八号証、第一〇号証、丙第一号証、第六ないし第九号証、第一一号証、第一四号証、第一五号証の一、証人星野恭規及び同瀧本豊の各証言によると、本件事故の関係者がすべて本件事故により死亡したこともあつて、本件事故の直後には、本件事故の態様、原因、責任の有無等は、当事者、警察関係者、保険関係者を含め、まつたく明らかにはなつていなかつたことが認められる。

したがつて、前記認定の丙事件被告高砂企画の言動のみでは、未だ同被告が本件事故の加害者を知つていたと認めることはできない。

(三) 丙事件被告高砂企画が、平成四年三月一〇日、本件事故の加害者を知つたことは、乙事件原告が自認するところである。

したがつて、丙事件被告高砂企画の損害賠償請求権の消滅時効は、この時点から三年の経過によつて完成することとなる。

ところで、丙第二号証の一、二によると、平成七年一月九日に甲事件原告に配達された内容証明郵便により、丙事件被告高砂企画の損害賠償請求権を保険代位により取得したとして、乙事件原告が、甲事件原告に対し、本件訴訟で請求しているのと同額の金二六八万〇六四八円の本件事故による損害賠償請求をしたことが認められる。また、乙事件原告の訴状が、平成七年五月九日に提出されたことは、当裁判所に顕著である。

そして、右内容証明郵便による意思表示は民法一五三条所定の催告であり、右訴えの提起は同条所定の裁判上の請求(民法一四七条一号、民事訴訟法二三五条)であることは明らかであるから、丙事件被告高砂企画及び乙事件原告の甲事件原告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、中断により未だ完成していない。

3  丙事件(甲事件原告対丙事件原告)

(一) 前記のとおり、丙事件に関する甲事件原告及び丙事件原告の主張は次のとおりである。

(1) 甲事件原告

丙事件原告は、平成三年一〇月三〇日、本件事故による同原告の損害及び加害者を知つていた。

(2) 丙事件原告

丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴の判決の確定時である平成六年一〇月一八日である。

また、仮に右主張が認められないとしても、丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴において同原告が答弁書を提出し、これを陳述した第一回口頭弁論の開かれた日、すなわち、甲事件原告(亡中谷の過失)との関係では、平成四年九月二四日である。

(二) 本件事故が発生したのが平成三年一〇月二四日であることは当事者間に争いがないところ、甲第一〇号証、証人星野恭規の証言によると、同月三〇日までに、甲事件原告が、丙事件原告に、加入している保険会社を問い合わせる電話をしたこと、これに対し、丙事件原告は、三井海上火災保険株式会社に保険加入している旨を回答したことが認められ、同日までに丙事件原告が、他の言動をとつたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで、丙事件原告の右言動は、債務者として自己の加入している保険会社を回答したのみで、債権者としての行動ではない上、2で判示したとおり、本件事故の直後には、本件事故の態様、原因、責任の有無等は、当事者、警察関係者、保険関係者を含め、まつたく明らかにはなつていなかつたのであるから、前記認定の丙事件原告の言動のみでは、未だ同原告が本件事故の加害者を知つていたと認めることはできない。

(三) ところで、丙事件原告は、予備的にせよ、平成四年九月二四日には、本件事故の加害者を知つていた旨主張し、1で判示したとおり、要件事実が弁論に現れている限り、この事実を主張した者がこれについて主張責任を負う当事者であつたか、その相手方であつたかは問わず、裁判所はこれに対する判断をする必要があるから、この点について検討する(丙事件原告の予備的主張であるから、自白の対象とはならず、証拠により認定する。)。

乙第六号証、弁論の全趣旨によると、前訴において、丙事件原告は、平成四年九月二四日の口頭弁論期日において、本件事故は、「亡中谷清志の高速道路における停車禁止義務違反(道交法七五条の八)、停車措置不適切(道交法七五条の一一の二)の過失により発生したものである。」旨を主張したことが認められる。

また、前記認定によると、丙事件原告は、少なくともこのころには、亡中谷が甲事件原告の事業に従事中であつたことを知つていたことが認められる。

したがつて、平成四年九月二四日には、丙事件原告は、亡中谷の行為が違法なものであつたこと、甲事件原告が責任を負うべき立場にいたことを知つており、結局、甲事件原告との関係で、加害者を知つていたというべきである。

(四) 丙事件原告の甲事件原告に対する訴状が平成七年六月二八日に提出されたこと、右訴状の請求金額は、車両本体損害金一四〇万円と弁護士費用金一〇万円であること、丙事件原告は、甲事件原告に対しては、右金員のうち三〇パーセントに相当する金四五万円を請求していたこと、丙事件原告は、同年一〇月二四日に提出した書面で、請求の拡張をしたこと、拡張された金額は、現場復旧費、レツカー代等、休車損害であること、右請求の拡張後も、甲事件原告に対しては、右金員のうち三〇パーセントに相当する金員を請求していること、さらに、丙事件原告は、平成八年九月六日に提出した書面で、右請求の拡張にかかる部分の一部について請求を減縮したことは、いずれも当裁判所に顕著である。

ところで、まず弁護士費用に関しては、その消滅時効は、当該報酬の支払契約をした時から進行すると解すべきであるから(最高裁昭和四四年(オ)第八一二号同四五年六月一九日第二小法廷判決・民集二四巻六号五六〇頁)、これに関する主張のない本件においては、主張責任を負担する甲事件原告が不利益を負うべきであつて、同原告の主張する消滅時効の成立を認めることはできない。

ついで、不法行為に基づく損害賠償請求権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ、残部には及ばないと解するのが相当であるから(最高裁昭和三八年(オ)第八四二号同四三年六月二七日第一小法廷判決・裁判集民事九一号四六一頁)、右車両本体損害金については時効が中断したものの、現場復旧費、レツカー代等、休車損害については、時効は中断していないといわざるをえない。

(五) なお、丙事件原告は、各当事者の代理人たる保険会社間の合意により消滅時効が中断し、あるいは、保険会社はもつとも深い利害関係を有するから、時効の起算点も右合意によるのが相当である旨主張する。

しかし、各当事者から保険会社に対して、物損の処理を授権したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、証人星野恭規の証言、弁論の全趣旨によると、そもそも、甲事件原告と中部交通共済協同組合とは、対人保険契約のみを締結し、対物保険契約を締結していないことが認められる。また、保険会社がいくら深い利害関係を有しても、これが法律上の時効の中断等に直ちに影響を及ぼさないことは明らかである。

さらに、丙事件原告は、同一交通事故による物損に関する請求についてのみ消滅時効の完成を認めることは、信義則に反する旨主張する。

しかし、不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するか否か、行使する場合にはどの範囲で行使するか、これに対して消滅時効を援用するか否かは、いずれも当事者の自由な行使に委ねられているのであるから、ある当事者が、懈怠により時効中断の行為をとらなかつた場合、相手方が消滅時効を援用したことをもつて、直ちにこれを信義則に反するということはできない。特に、本件においては、丙事件原告は、自己の損害賠償請求権の行使を弁護士に委任しており、その一部については適切な時効中断の行為をとつたのであつて、このことと、消滅時効にかかる債権の金額やこれが物損に関するものであることとを併せ考えると、甲事件原告の消滅時効の援用が信義則に反するということはできない。

(六) 以上判示したところによると、丙事件原告の甲事件原告に対する損害賠償請求権は、車両本体損害金及び弁護士費用を除いて、消滅時効により消滅したというべきである。

4  丙事件(丙事件被告高砂企画対丙事件原告)

(一) 前記のとおり、丙事件に関する丙事件被告高砂企画及び丙事件原告の主張は次のとおりである。

(1) 丙事件被告高砂企画

平成四年三月一〇日、警察は訴外株式会社生保リサーチセンターに事故態様を発表したから、丙事件原告が本件事故の加害者を知つたのは、右同日というべきである。

(2) 丙事件原告

丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴の判決の確定時である平成六年一〇月一八日である。

また、仮に右主張が認められないとしても、丙事件原告が本件事故の損害及び加害者を知つたのは、前訴において同原告が答弁書を提出し、これを陳述した第一回口頭弁論の開かれた日、すなわち、丙事件被告高砂企画(亡石澤の過失)については平成四年一二月一日である。

(二) 1で判示したとおり、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者が現実にこれらを知ることを要するところ、丙事件被告高砂企画の主張する警察から訴外株式会社生保リサーチセンターへの本件事故の態様の発表は、これを認めるに足りる間接事実ですらありえない。

そして、平成四年三月一〇日に、丙事件原告が、損害及び加害者を知つていたことを認めるに足りる証拠はまつたくない。

(三) 乙第七号証によると、平成四年一二月一日に、丙事件原告は、丙事件被告高砂企画との関係で本件事故の加害者を知つた旨の同原告の主張を一応認めることができる。

ところで、前記のとおり、丙事件原告は、平成七年六月二八日提出の訴状及び同年一〇月二四日に提出した書面で、丙事件被告高砂企画に対する請求をしており、これらがいずれも裁判上の請求であることは明らかであるから、丙事件原告の丙事件被告高砂企画に対する損害賠償請求権の消滅時効は、中断により未だ完成していない。

二  争点2(各当事者の請求額)

1  総論

甲第八号証、丙第一号証、第六ないし第九号証、第一一号証、弁論の全趣旨によると、当裁判所も、本件事故に対する各当事者の過失割合を、亡中谷が三〇パーセント、亡石澤が三五パーセント、亡岩間が三五パーセントとするのが相当であると解する。

そして、前記争いのない事実等記載のとおり、右各当事者は、それぞれ当該車両の保有者の営む事業に従事中であつたから、過失相殺として、甲事件原告の損害については三〇パーセントを、丙事件被告高砂企画の損害については三五パーセントを(乙事件原告の損害も同様)、丙事件原告の損害については三五パーセントを、それぞれ控除するのが相当である。

2  甲事件原告

争点2に関し、甲事件原告は、別表1の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、同原告の損害として認める。

(一) 損害

(1) 車両損害

甲第一、第二号証、第八号証、丙第六ないし第八号証、弁論の全趣旨によると、丸越車両は本件事故により全損の損害を被つたこと、丸越車両の本件事故当時の価格が金九八万円であることが認められる。

(2) 車両冷凍機損害

甲第八証、丙第六ないし第八号証、弁論の全趣旨によると、丸越車両はいわゆる冷凍車であつたこと、丸越車両に据え付けられていた車両冷凍機は本件事故により全損の損害を被つたことが認められる。

ところで、右車両冷凍機の本件事故当時の価格を直接認めるに足りる証拠はなく、甲第七号証、弁論の全趣旨によると、新品の車両冷凍機は金八七万五五〇〇円程度すること(平成七年)が認められ、甲第一号証によると、丸越車両は初度登録が昭和六一年の車両で、本件事故により全損の損害を被つた車両冷凍機も、本件事故まで、約五年間使用していたことが認められる。

そして、これらの事実によると、右車両冷凍機の本件事故当時の価格を、右新品価格の一割に相当する金八万七五五〇円と認めるのが相当である。

(3) 積荷損害

甲第三号証の一、二、弁論の全趣旨によると、本件事故当時、丸越車両には金三八万円相当の商品が積荷として積載されていたこと、甲事件原告は、右金員を、右商品の所有者である株式会社丸越に弁償したことが認められる。

そして、これらの事実によると、右金額は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(4) 休車損害

交通事故により破損した車両の休車に伴う損害は、当該交通事故が発生しなければ得られたであろう利益を得られなかつたことによる損害であるから、これによる損害を主張する当事者が、当該交通事故が発生しなければ得られたであろう利益の額について立証責任を負うことはいうまでもない。

そして、甲事件原告のような貨物運送業者の場合、右車両の休車期間中に現実に実施した配車との関係で顧客からの注文に応じられなかつたために、やむをえず第三者に運送を依頼したことやその金額等を立証し、もつて、当該交通事故が発生しなければ得られたであろう利益の額についての立証責任を果たすことに、さほど困難があるとは考えられない。

ところで、本件においては、本件事故が発生しなければ甲事件原告が得られたであろう利益の額については、これを認めるに足りる証拠は全くない。かえつて、弁論の全趣旨(具体的には丙事件の訴状に添付して提出された商業登記簿謄本)によると、甲事件原告は、資本金一二〇〇万円で、一般区域貨物自動車運送事業等を営む株式会社であることが認められ、他にも多くの車両を有していることを容易に推認することができる。

したがつて、右観点からの何らの立証のない本件においては、甲事件原告主張の休車損害を認めることはできない。

(5) 小計

(1)ないし(4)の合計は、金一四四万七五五〇円である。

(二) 過失相殺

前記のとおり、過失相殺として、甲事件原告の損害から三〇パーセントを控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺後の金額は、次の計算式により、金一〇一万三二八五円である。

計算式 1,447,550×(1-0.3)=1,013,285

(三)弁護士費用

甲事件原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著である。

しかし、甲事件原告が乙事件及び丙事件においては被告として、後記のとおり、本件事故に対する損害賠償義務を負担していること、右認容額、本件事案の内容、特に、前記認定の本件事故に対する各当事者の過失割合、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、甲事件原告の弁護士費用を、甲事件被告石澤ら及び丙事件原告に負担させることは相当ではない。

3  乙事件原告

争点2に関し、乙事件原告は、別表2の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、同原告の損害として認める。

(一) 車両損害

甲第八号証、丙第三号証、第四号証の一、二、第六、第七号証、第一〇号証、第一二、第一三号証、証人瀧本豊の証言、弁論の全趣旨によると、高砂車両は本件事故により全損の損害を被つたこと、高砂車両は初度登録が平成三年三月の車両であること、したがつて、初度登録から本件事故まで約七か月を経過していること、その新車価格は金三五九万四〇〇〇円であること、乙事件原告と丙事件被告高砂企画とは、高砂車両を被保険自動車とする損害保険契約を締結していたこと、乙事件原告は、高砂車両の損害額を修理費請求額金四〇〇万円と査定して、右保険契約に基づき、丙事件被告高砂企画に対して金四〇〇万円を支払つたことが認められる。

ところで、商法六六二条により乙事件原告が取得する債権は、丙事件被告高砂企画の甲事件原告及び丙事件原告に対する損害賠償請求権であるから、右損害賠償請求権の範囲を超えることはない。

そして、前記認定事実によると、高砂車両の本件事故当時の時価を新車価格金三五九万四〇〇〇円の八割に相当する金二八七万五二〇〇円とするのが相当である。

また、前記のとおり、過失相殺として、乙事件原告の損害から三五パーセントを控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺後の金額は、次の計算式により、金一八六万八八八〇円である。

計算式 2,875,200×(1-0.35)=1,868,880

(二) ガードレール代

丙第五号証の一、二によると、乙事件原告が、丙事件被告高砂企画との保険契約に基づき、本件事故により損害を被つた日本道路公団に対し、ガードレール取替費用等金一二万四〇七四円を支払つたことを認めることができる。

ところで、日本道路公団との関係においては、甲事件原告、丙事件被告高砂企画、丙事件原告は、共同不法行為者の関係にあるところ、共同不法行為者のうちのある者が過失割合にしたがつて定められる自己の負担部分を超えて第三者に対して損害を賠償した場合には、その超える部分について他の加害者の過失割合にしたがつて定められる負担部分の限度で、他の加害者に対して求償することができると解するのが相当であつて、他の加害者が複数いるときには、その複数の者の債務は不真正連帯債務の関係にたつものではなく、それぞれの負担部分に応じて定まるというべきである。

したがつて、乙事件原告は、甲事件原告に対しては、金一二万四〇七四円の三〇パーセントに相当する金三万七二二二円を、丙事件原告に対しては、その三五パーセントに相当する金四万三四二五円を(いずれも円未満切捨て。)請求することができる。

4  丙事件原告

争点2に関し、丙事件原告は、別表3の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、同原告の損害として認める。

(一) 損害

(1) 車両損害

甲第八号証、乙第一、第二号証、丙第六、第七号証、弁論の全趣旨によると、山章車両は本件事故により全損の損害を被つたこと、山章車両の本件事故当時の価格が少なくとも丙事件原告の主張する金一四〇万円を超えることが認められる。

(2) 現場復旧費

乙第五号証、弁論の全趣旨によると、現場復旧費として金四四万三六三八円を要したこと、これを丙事件原告が負担したことが認められる。

(3) レツカー代

乙第八号証、弁論の全趣旨によると、レツカー代として金二〇万〇八五六円を要したこと、これを丙事件原告が負担したことが認められる。

(4) 休車損害

甲事件原告の請求に関して判示したのと同様、本件においては、本件事故が発生しなければ丙事件原告が得られたであろう利益の額については、これを認めるに足りる証拠は全くない。かえつて、弁論の全趣旨(具体的には丙事件の訴状に添付して提出された商業登記簿謄本)によると、丙事件原告は、資本金七〇〇〇万円で、一般区域貨物自動車運送事業等を営む株式会社であることが認められ、他にも多くの車両を有していることを容易に推認することができる。

したがつて、甲事件原告の請求に関して判示した観点からの何らの立証のない本件においては、丙事件原告主張の休車損害を認めることはできない。

(5) 小計

(1)ないし(4)の合計は、金二〇四万四四九四円である。

(二) 弁護士費用

甲事件原告の請求に関して判示したのと同様、丙事件原告の弁護士費用を、甲事件原告及び丙事件被告高砂企画に負担させることは相当ではない。

(三) 結論

前記のとおり、過失相殺として、丙事件原告の損害から三五パーセントを控除するのが相当である。

そして、丙事件原告は、甲事件原告には損害の三〇パーセントを、丙事件被告高砂企画に対しては損害の三五パーセントを別個に請求するから、それぞれに対して認められる損害のうち右割合を丙事件原告が請求することのできる金額とするのが相当である。

(1) 対甲事件原告

甲事件原告に対しては、争点1について判示したとおり、車両損害以外の損害は、時効により消滅している。

したがつて、丙事件原告が甲事件原告に請求することのできる金額は、車両損害金一四〇万円の三〇パーセントに相当する金四二万円である。

(2) 対丙事件被告高砂企画

丙事件被告高砂企画に対しては、争点1について判示したとおり、消滅時効は完成していない。

したがつて、丙事件原告が丙事件被告高砂企画に請求することのできる金額は、損害合計金二〇四万四四九四円の三五パーセントに相当する金七一万五五七二円(円未満切捨て。)である。

第四結論

よつて、甲事件原告の請求は主文第一、第二項記載の限度で、乙事件原告の請求は主文第三ないし第五項記載の限度で、丙事件原告の請求は主文第六、第七項記載の限度でそれぞれ理由があるからこの範囲で認容し、甲事件原告、乙事件原告、丙事件原告のその余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但し書きを、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表1(甲事件原告)

別表2(乙事件原告)

別表3(丙事件原告)

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